ティラミスを超えるブームになるか?! ローマ発の懐かしお菓子
Martozzo, il tipico dolce romano va di moda
ここ数年、日本でも話題のマリトッツォ。丸いころんとしたパンにクリームを挟んだ菓子である。日本ではマリトッツィと呼ぶ人も多いが、普通一人一個しか食べないので、マリトッツォと単数形で呼ぶ方がしっくりくる。余談だが、同じことがカンノーロにも起こっていて、日本では一本でもカンノーリ。さらにパニーノに至ってはもはやパニーニでなくてはならず、単数で呼んだら直されてしまうこともある。
それはさておき、マリトッツォである。ラツィオ州の伝統発酵菓子であり、そもそもは粉、卵、はちみつ、バター、塩で作るパンで、かつては今よりももっと大型だったという。ただ、四旬節の時期は小さく作り、生地にはレーズン、松の実、砂糖漬けフルーツを混ぜて、焼き色もしっかりとつけ、「エル・サント・マリトッツォEr santo maritozzo」または「クアレジマーレQuaresimale」と呼んで、その節制の期間に唯一食べることが許された菓子だった。
マリトッツォの名前は、夫を意味するマリートmaritoが由来。3月の最初の金曜日に、男性が結婚を約束した女性へこのパンを贈るのが習わしだった。表面には天使が放つ矢に射抜かれた二つのハートが砂糖で描かれ、時には中に指輪などの小さな金細工が忍ばせてあったという。マリートを面白おかしくマリトッツォと呼び変えたところに、ローマ庶民に親しまれた風習だったことが伺える。しかし、時は移り、恋人同士のイベントはヴァレンタンインに取って代わられ、マリトッツォはいつしかバール・パスティッチェリアのショーケースの中に並ぶ、懐かしいおやつにおさまってしまった。
普通はそのまま、あるいは、スリットを入れて中にたっぷりのホイップクリームやカスタードクリームを挟む。形は丸くずんぐりしたものが多いが、マルケ州に伝わったマリトッツォは細長いドッグパンのよう、また、プーリアやシチリアでは編み込みパンのパターンも見られる。さらには、甘みを抑えて塩味の具を挟むスナックタイプもある。何れにしても、シンプルで気取りのない見た目で、それが却って愛らしくも思える。
最近はイタリアでも再注目されており、パン生地はより柔らかくホイップクリームもより軽く、大きさもやや小ぶりなものが人気。イタリアの菓子職人界のレジェンドと称されるイジニオ・マッサーリのミラノのパスティッチェリアでは、きらびやかなケーキがたくさんあるのに多くの人がマリトッツォを注文する。ほかのケーキに比べて値段が半分以下というのもあるのかもしれないが、皆、立ったまま嬉しそうに頬張っている姿を見ると、やっぱりただひたすら好きなのだろう。
パンにクリームを挟んだだけの単純な菓子は、考えたらどの国にもある。日本ならコッペパンに挟んだし、北欧のスウェーデンには丸パンにアーモンドペーストとホイップクリームを挟んだセムラがある。パンとクリームというのは鉄板の組み合わせというわけだ。
さて、実際に作ろうとするとちょっと手間がかかる。まず粉とイーストとぬるま湯で予備発酵種(リエヴィティーノlievitinoまたはビガbiga)を仕込まなければならない。これはイタリアのパンの最もベーシックな作り方で、少量の酵母で発酵力のある生地ができ、香りのいいパンとなる。準備の整った予備発酵種に粉、砂糖、牛乳、自然の香料(レモンの皮、オレンジの皮をすりおろしたもの、バニラビーンズ)を加えて練り、さらに卵、最後にバターまたはオリーブオイル、塩を加え、伝統的なマリトッツォであればさらにレーズンも加えてまとめ、発酵。切り分けて丸め、発酵させたら表面に卵黄を塗り、オーブンで焼く。
こうしてできたマリトッツォはビニール袋に入れて4、5日は保存ができる。食べるときにスリットを入れてホイップクリームをこれ以上は無理!というくらいに詰める。カンノーロと同じで、クリームを詰めたなるべく早く食べるのが鉄則。クリームの水分がパンに染み込んでふやけてしまうからだ。日本では苺などを挟んでより可愛らしく仕立てるのが人気だが、イタリアではあくまでも白いホイップクリーム一本勝負。食に頑固なお国ぶりがこんなところにも現れるのである。
イジニオ・マッサーリのパスティッチェリア
https://www.iginiomassari.it
その場でクリームを詰めてくれるローマのマリトッツォ専門店。夕方からオープン、一晩中マリトッツォが食べられることで有名(パンデミック以前)。
Il Maritozzaro Via Ettore Rolli, 50 Roma
ローマ・トラステヴェレ地区にある、さまざまなマリトッツォを提供するオステリアバール。アマトリチャーナ・マリトッツォなど実験的なマリトッツォも。
Il Maritozzo Rosso http://www.ilmaritozzorosso.com
記事:池田愛美