Storie di passione italianaイタリアに恋しちゃう物語

アフターパンデミックを見据え、五つ星ホテルのレストランも再始動

グリーンパス(EU共通ワクチン接種済及び検査陰性証明書)がレストランで食事をするにも必要になったが、人々の活動もパンデミック以前に戻りつつある今、観光業界も再開に本腰を入れている。イタリアを代表する2つの五つ星ホテルからも再始動を象徴するようなニュースが届いた。
2008年6月にオープン以来、「フォーシーズンズホテル・フィレンツェ」のエグゼクティブシェフを務めていたヴィート・モッリーカが去り、その後を誰が引き継ぐのか注目されていたが、このほど新エグゼクティブシェフの就任が発表された。パオロ・ラヴェッツァーニ、20年以上のキャリアの10年近くをブラジルで過ごしたイタリア人だ。

エミリア・ロマーニャ州サルソマッジョーレ・テルメに生まれ、サッカー選手を目指していた時期もあったが、16歳で料理の道へ。アンジェロ・パラクッキの傘下にあったパリのレストランを皮切りに、プラザ・アテネのアラン・デュカス、フィレンツェのエノテカ・ピンキオーリを経て、ヴィアレッジョのプラザ・デ・ルッシーのシェフを務めた後ブラジルに渡り、リオ・デ・ジャネイロのホテルのエグゼクティブシェフとして、ブラジルでも最も優れたイタリア料理店と言われるほどの名声を獲得。さらにサン・パウロのフォーシーズンズホテルの立ち上げに参加し、そのレストラン「ネート」はガンベロ・ロッソ・インターナショナルでトレ・フォルケッテの評価を得るに至った。

「イタリアの心、そしてブラジルの精神で」自らの料理を表現するというパオロ。幼い頃、育ててくれた祖母が作っていたスーゴの匂いで目を覚まし、火にかかる鍋、湯気で曇る窓ガラスが原風景と語る彼にとって料理の原点はエミリアにある。そしてそこへトスカーナでの経験、さらにブラジルでの暮らしが加わって現在の自分の料理が生み出されるのだという。小規模だが優れた生産者が手がける季節の素材を使い、サステナビリティに対する意識も強い。それは、シェフとしてスタッフを率いるうちに培われてきた責任感から生まれていると語る。
エノテカ・ピンキオーリに勤めていた7年の間にフォーシーズンズホテル・フィレンツェがオープンし、当時からヴィート・モッリーカと交流があったというパオロは、ヴィートの築き上げた現在のスタイルに敬意を評し、トスカーナ料理の伝統を尊重することを第一に挙げている。そして、ブラジルのスパイスや素材も駆使したオリジナリティも出していくとのこと。

ビジネスの街ミラノにあるフォーシーズンズホテル・ミラノは昨年春、一年をかけたパブリックスペースの全面改装に入った。それがこのほど正式にリオープン。ロビー、ダイニング、バー、中庭を含む全てが新しく生まれ変わった。改装の指揮をとったのは有名な建築デザイナーであるパトリシア・ウルキオラ。“ミラノらしい国際都市”がリニューアルデザインのテーマである。
1993年、ヨーロッパ大陸初のフォーシーズンズホテルとして15世紀に遡る修道院を利用して誕生したこのホテルは、ミラノ中心地における最もプレステージの高いスポットの一つとして君臨してきた。ひそやかな外観、スマートなサービス、閑静な中庭、どれをとってもミラノでここに敵うホテルはないと言っても過言ではない。
パトリシア・ウルキオラはスペイン人だが、ミラノのデザイン界の巨匠アキッレ・カスティリオーニに師事し、ミラノのデザインスピリットを熟知している。その彼女によって、ホテルの顔とも言えるロビーは、修道院に残るフレスコ画との調和を第一とした、明るくニュートラルな色彩にまとめられた。さらにカッシーナ、ポリフォルム、モローゾ、ポルトローナフラウなどイタリアを代表するデザインファニチャーをふんだんに用いながら、アンティーク家具との融和を見せるところもイタリアデザインが得意とするところだ。

リストランテ「ゼロZelo」は、日中は「ゼロ・ビストロ」としてライトランチを中心に、夜はより充実したアラカルトとデグスタツィオーネ・メニューを提供する。ファブリツィオ・ボラッチーノ・エグゼクティブシェフによる、イタリア伝統とコスモポリタンな感覚を融合させたミラノ・ガストロノミーがテーマだ。
さらに新しくバー「スティッラStilla」も誕生。ロビー及び中庭で朝のカフェから軽食、アペリティーヴォまでがサーブされる。テーマも“スマート・フード・ヘルシー”とこれまたミラノらしい。
フォーシーズンズホテル・ミラノはこれから改装の第二段階、客室のリスタイリングに入る。パンデミックが世界的に収まり、再び人々が行き交う時代となったら再びこのホテルはミラノ随一のホスピタリティの殿堂となって帰ってくるだろう。

 

記事:池田愛美