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知られざるワインの聖地、アブルッツォを訪れる 前編

ローマのあるラツィオ州と隣り合わせるアブルッツォ州は、地図の上では互いに近く見えても、間に横たわるアペニン山脈の存在がその行き来を阻んできた。州土の6割以上が山岳地帯、3割が丘陵地帯、そして平野は1%にも満たないという地形の影響もあり、産業の発展はごくごく緩やかで、農業と漁業が人々の暮らしを支えてきた。羊の酪農も伝統的な仕事として受け継がれ、トランスマンツァと呼ばれる季節ごとの羊の移動は、アブルッツォという土地の特徴を物語る風物詩だ。
農業の中心を占めるのはブドウとオリーブの栽培である。とりわけブドウは、強い日差しと標高差による風の恩恵を受け、しっかりと熟すので、凝縮した力強いワインができる。ただし長らく、糖度の足りない北イタリアのワインの補強や量り売りワインとして販売されることが多く、自前のワインとして売り出す生産者はあまりいなかった。それでも20世紀の終わり頃から、品質の良い、独自のスタイルを持つワイン造りに乗り出す生産者が増え、今やアブルッツォはクオリティワインの産地として注目を集めている。しかも、価格が比較的手頃というのも魅力だ。
アペニン山脈最高峰のグランサッソを始めとする3000m近い山々が織りなす雄大な景色、そしてその麓で造られるワインを求めてアブルッツォへの旅に出かけた。ナビゲーターを務めるのは、東京・西麻布でイタリアワインのバー「Vinoda」を営む小田誠氏である。

「オーガニックは単なる農法ではなく、私たちにとっては生き方そのもの」というニコラ・ヤッシ氏。ワイナリー「ヤッシ&マルケザーニ」のオーナーである。創業者である父親のセバスティアーノ氏は、地域では評判の酪農家で良質な牛乳を生産することで知られていた。先代より酪農の他に野菜や果樹、もちろんブドウも栽培していたが、1960年代にワイン造りに専念することを決意。しかも、当時はまだその萌芽もなかったオーガニック農法を採用、1978年には正式にその認定を受けた。イタリアでもっとも早くオーガニック認証を取得したワイナリーの一つである。

「未来を見据え、革新を志し、カーボン・フットプリントを減らすための努力を続けることこそ、自らのDNAに刻み込まれた使命」と語るニコラ氏。「使用する機械は全て、仕事の効率化と同時に使用するエネルギーを削減することに留意して改善を行ってきました。たとえば、静電気磁力を利用した散布システムによってブドウに散布する銅やイオウの量を40%削減。また、畑にはGPS天気観測機を設置、天候の変化を細かく分析することで効果的なタイミングでの散布を行っています」。
栽培するのは伝統的な黒ブドウ品種であるモンテプルチャーノ、そして白のペコリーノ、トレッビアーノ、シャルドネ、ピノ・グリージョ、トラミネール、ヴェルメンティーノ、リースリングなど多岐にわたる。

「アブルッツォ州で最も南に位置するワイナリーで、土壌は砂を多く含む粘土石灰質です。海から3km、マイエッラ山地から50kmに位置し、山からの影響はほとんどありませんが、常に海風が吹き続けているため病気の心配は少なく、海のミネラルの恩恵を受けています。標高は低めで温暖な気候なため、果実味豊かで丸い酸、沿岸部ならではの塩味を感じるボリュームのあるワインが出来る土地ですね。そして、近代的な技術を取り入れる事によりクリーンで自然なワイン造りをしています」と小田氏。看板ワインであるモンテブルチャーノ・ダブルッツォDOCも凝縮した果実味と酸のバランスが絶妙だが、オススメはチェラスオロ・ダブルッツォDOC。「明るく輝きのあるソフトなチェリー色のワインです。豊かなベリーの果実とフルーティーなアロマが続き、丸味のある酸と塩味が心地よく引き締めます。少し冷やしめの温度でハーブを効かせた魚介のスープやウサギ肉の煮込みなどと合わせると良いでしょう」。

ワイナリー「マラミエロ」のオーナー、エンリコ・マラミエロ氏も父の意思を受け継ぎ、そしてさらに発展させてきた、新世代の造り手の1人。「父は常に、仕事を怠ってはならない。仕事を好み、そして愛しなさい。そうすれば信頼と平穏と幸せを見つけることができる、と言っていました。グランサッソからロシャーノの丘陵、そして海へと続くこの雄大な景色を愛し、自らのワイナリーが大きく成長することを見抜いていた人です」。

マラミエロが本拠を置くロシャーノは、トラットゥーロと呼ばれる、季節ごとに移動する羊の群れの通り道があり、オリーブ畑、ぶどう畑、樫の木の森が広がっている。「ミネラルを多く含む粘土石灰質土壌でグランサッソやマイエッラといった山塊やアドリア海の影響を受ける土地です。広大なブドウ畑にドローンを飛ばして気温・湿度を確認するなど、最新テクノロジーを駆使して管理することで健全なブドウの収穫を確保していますね。また、醸造に関しても最先端の技術を意欲的に採用し、さまざまなスタイルのワインを造っています」と小田氏。

たとえば瓶内二次発酵のスプマンテも手がけている。シャルドネとピノ・ネロのいわゆるシャンパーニュスタイルだが、25年前に半ば冗談で始めたという。その当時、アブルッツォでスパークリングワインを飲む人など皆無だったからだ。だが今やイタリアは空前の“泡”ブーム、時代がマラミエロに追いついたと言ったら言い過ぎだろうか。

マラミエロのワイン造りのスピリットを理解してほしいとエンリコ氏は同じ銘柄の異なる製造年のワインを用意してくれた。トレッビアーノ・ダブルッツォDOCアルターレ(Altare)の2019年と2006年である。「2019年は明るい黄金色でマンゴーやパパイヤなどのトロピカルフルーツに白コショウなどのスパイスを感じます。余韻も長く、ハチミツやバニラの香りが心地よいですね。対して、2006年は濃い黄金色、スパイスや砂糖づけのフルーツ、ナッツや紅茶などの香りがし、ほどよい酸とミネラルがリッチに広がります。2019年には白身魚のムニエルやシンプルな仔牛のグリル、2006年は食中酒としてもいいですが、食後のチーズやドライフルーツなどと合わせるのも楽しいですね」と小田氏は評する。同じ銘柄であっても時の積み重ねによってワインが劇的に変化すること、そしてなにより、長期熟成に耐えられることに驚かされる。これぞアブルツッツォワインの底力であろう。

ペスカーラ県のロレート・アプルティーノは、上質なワインとオリーブオイルができる土地として知られる。オリーブオイルのアプルティーノ・ペスカレーゼは欧州でも最も古いオリーブオイルDOPの一つである。また、ひよこ豆、レンズ豆などの豆類の栽培も盛んで、トンディーノという豆はスローフードのプレシディオに認定されるなど、希少な伝統農産物である。そして、ワイン製造は1000年前から行われていたといい、古来、銘醸地であったことは疑いない。

ワイナリー「タラモンティ」はこの地に60haのブドウ畑を所有し、主にモンテプルチャーノとトレッビアーノを作っているが、メルロー、そして2004年からはペコリーノも試験的に栽培している。自然のリズムを大切にし、薬剤など環境に悪影響を及ぼすものは使わず、たとえばある種の虫の駆除には、メスのフェロモンを空気中に拡散させ、オスが混乱して本物のメスを見つけられなくすることで繁殖を抑える。科学的データを有効活用して、自然の摂理にかなったシステムでブドウを守るのである。
タラモンティはまた、女性の活躍を重視するワイナリーでもある。GEEIS(Gender Equality European & International Standard)の認証をワイン業界で初めて取得しており、管理職に占める女性の割合が非常に高い。アブルッツォは地理的には中部だが、メンタリティは南部に近く、マスキリズモ(男性至上主義)的な考え方が強いのだが、その考え方を変えていきたいという。

「西にグランサッソ、東はアドリア海、さらにターヴォ川からの影響も受けるという変化に飛んだミクロクリマ、地形に合せてブドウの仕立て方を変え、この地に適したワイン造りをしていますね」と小田氏は言う。アブルッツォの伝統品種であるペコリーノは多くの生産者が栽培しているが、タラモンティでは主力ではない。しかし、とてもユニークな白ワインである。小田氏によると「2021年のペコリーノ・スペリオーレ・アブルッツォDOCのトラボッケット(Trabocchetto)は、非常に暑い夏だったにもかかわらず、フレッシュな印象がしっかりと出ています。輝きのあるレモンイエローで、白い花の香りやグレープフルーツ、リンゴのアロマ、澄んだミネラルとクリスピーな酸がバランスよく広がります。オリーブやケイパーの入った魚介のサラダ、和食の天ぷらなどと合せたいですね」。

タラモンティのワインには全て土地との深い結びつきを表す名が付いている。モンテプルチャーノ・ダブルッツォ・リゼルヴァDOCのトレ・サッジ(Tre Saggi)2018は、ロレート・アプルティーノにあるサンタ・マリア・イン・ピアノ教会に残る9世紀に描かれた3賢人へのオマージュだ。「このワインは今年初めてのリリース。濃いルビー色で、熟した黒色系果実、クローブ、タバコなどの複雑なニュアンス。タンニンと酸とのバランスがよく、余韻まで長く楽しめます。生ハムやサラミ、スパイスを効かせた豚のグリルや、ハーブを効かせ少し辛口に仕上げた羊の煮込み等と相性がいいでしょう」と小田氏。
そのほか、良年にしか造らないモンテプルチャーノとメルローのロッソ・アブルッツォDOCクドス(Kudos=ギリシャ語で素晴らしい!という意味)など、ミクロクリマを生かした個性的なワイン造りがタラモンティの真髄。ぜひ現地に訪れてその個性の源泉を体感してほしい。

Jasci & Marchesani https://www.jasciemarchesani.it

Marramiero https://marramiero.wine

Talamonti https://www.tenutatalamonti.it/en/home-en/

 

 

 

記事:池田愛美