
3つ星シェフ、ニーダーコフラー特別インタビュー
北イタリア・ドロミテ地方にあるミシュラン3つ星レストラン「サント・ウベルトゥス」のシェフ、ノルベルト・ニーダーコフラー氏が先日急遽来日した。前回ミラノでインタビューして以来4年ぶりに会うニーダーコフラー氏は時差ボケもものともせず実に元気そのもの。ここ2年間はコロナの影響で日本はもちろん、ほとんど外国に行けなかったそうで、その間何をしていたのか、とたずねると「ひたすら料理本を作っていました」と楽しそうに笑った。料理本とは以前もここ連載で紹介したが、ニーダーコフラー氏が暮らすドロミティ地方の美しい自然と80の料理レシピをおさめた「クック・ザ・マウンテン」のこと。2020年度ドイツ料理本アワード金賞に輝いた豪華本だ。

「サント・ウベルトゥス」は標高1500mに立つ「ローザ・アルピーナ」のメインダイニングで、ドロミティにある食材のみを使った極小的地域料理「クチーナ・ミクロ・テリトリアーレ」を標榜している。その地域にある、季節の食材しか使わないという考え方はイタリア伝統料理の根幹を成す哲学だが、ニーダーコフラー氏はその第一人者であり、このコンセプトを現在コンサルティング・シェフを務めるアマングループに広めようとしている。例えば「アマン・ヴェベニス」なら「クック・ザ・ラグーン」つまりヴェネツィア湾の食材のみを使うようにするなど、極小的地域料理ならではのアドバンテージを最大限料理に生かすよう日々実践しているのだ。

ドロミティで生まれ育った彼は外国や「ダル・ペスカトーレ」での経験をへて生まれ故郷に戻り1996年に「サント・ウベルトゥス」のシェフに就任。ドロミティの食材しか使わないというクチーナ・ミクロテリトリアーレの権化であり、史上初めてトレンティーノ・アルト・アディジェ州に3つ星をもたらした。トレンティーノ・アルト・アディジェ州は地理的にも歴史的にもドイツ語文化圏の影響が大きく、現在も公用語はドイツ語とイタリア語だ。すでにオリーブが育つ北限を超えており、トマト、オリーブオイル、スパゲッティといった一般的なイタリア料理とは対極にある。
「実はグアルティエロ・マルケージより先に、史上初めて3つ星となったイタリア人シェフはトレンティーノ・アルト・アディジェ州出身のハインツ・ウインクラーなんですよ。その意味ではトレンティーノ・アルト・アディジェはミラノより進んでいましたね」と笑う。ハインツ・ウインクラーとはドイツで活躍した料理人で、マルケージに先立つこと4年、1981年にミュンヘン郊外にある「レジデンツ・ハインツ・ウインクラー」で史上初めてイタリア人シェフとしてミシュラン3つ星の栄誉に輝いたのだ。
とはいえ陽光眩しい南イタリアのナポリやシチリアに比べると「サント・ウベルトゥス」があるドロミティ地方はこと食材という点においては圧倒的に地理的ハンデがあることは疑う余地のない事実だ。しかし現代のガストロノミー、特にフードエクスペリエンスという観点においては地理的ハンデは逆にアドバンテージとなる。まだ見ぬ未知の食材や料理を求め、世界中から多くの美食家たちが「サント・ウベルトゥス」を目指す現在、イタリア料理界にいて真のサステイナビリティ、フォレジングといった現代的キーワードを実行している料理人がニーダーコフラー氏なのだ。
「クック・ザ・マウンテン=山を料理する」というニーダーコフラー氏の哲学は、地元=ドロミティでとれる季節の食材のみを使用し、それまで日が当たらなかった食材や農産物への再評価、あるいは食品廃棄を最小限に抑えることなど、山に暮らすには必要不可欠な行動と選択をガストロノミーレベルへと昇華させたものだ。そしてニーダーコフラー氏が提唱しているのは「クック・ザ・マウンテン」のコンセプトはそのままあらゆるテリトリーに置き換えることができるということ。ヴェネツィア湾の食材を重視するなら「クック・ザ・ラグーン」。あるいは熱帯雨林なら「クック・ザ・ジャングル」に、川ならば「クック・ザ・リバー」になるのかもしれない。もしもアマングループの新たな日本でのプロジェクトにニーダーコフラー氏が関わるのだとしたら、それは果たして「クック・ザ・ジャパン」あるいは「クック・ザ・トーキョー」となるのか?いずれに知れ3つ星シェフ、ニーターコフラーの今後日本での活動には大いに注目したい。
https://www.rosalpina.it/de/norbert-niederkofler.htm
記事:池田匡克