第77回ヴェネツィア映画祭内でパシネッティ賞(イタリア映画ジャーナリスト連合贈られる賞)を受賞した「マカルーソ姉妹」(伊:Le sorelle Macaluso)は、演出家エンマ・ダンテ2作目のフィクション長編映画。自身が幼少期を過ごした故郷シチリア島の社会に一石を投じ、その時代について問題提起を試みた社会派のヒューマンドラマだ。
ヨーロッパの隣国と比べ比較的遅れて挙国一致したイタリアにおいて、各地域の文化と言語は1861年まで断片化されていた多くの王国の「遺産」とも言える。その後の学校教育また歴史上の分岐点、国民が団結して乗り越えたいくつもの困難を経て、イタリア人は現在強い帰属意識をもってイタリアという国を統一していると言えるだろう。しかし現在もイタリアの南部と北部の間には多くの社会的なギャップが残っていることもまた否定できない。パレルモ出身でカターニャ(シチリア州第2の都市)に長く住み、その後ローマで演技を学んだダンテは、自分が書いた演劇を通じて歴史や特徴が豊富なシチリア方言の美しさを伝えたいというモチベーションを持ちつつ、地域の影の部分を見せ、そのなかで後進性の問題または過去の価値観に執着している保守的なメンタリティを明らかにすることを試みた。(ジョヴァンニ・ヴェルガ、ルイジ・ピランデルロや最近亡くなったアンドレア・カミッレーリなどシチリア出身優れた作家たちはシチリア方言を用いイタリア文学の発展に大きく貢献した)
2014年の同名の演劇「マカルーソ姉妹」の映画化は劇場のような舞台表現を上手く演出した正に「映画」という芸術形式の条件を満たす作品だ。同監督が2013年に手掛けた家族をテーマとした長編映画「ヴィア・カステッラーナ・バンディエラ」と同様、恨みや痛みを一見黙って受け入れる登場人物の表情や振る舞いで、その苦痛を静かに表現している点も特徴のひとつ。
ある土曜日に突如マカルーソ姉妹を襲った一番下の妹アントネッラの海での事故死は、マカルーソ姉妹に決して払しょくすることのできない人生のトラウマを与えることとなった。数十年後でも幼少期を過ごしたパレルモにあるアパートの中で年をとった残りの姉妹はそれぞれの苦しみに耐えきれず、その日の事件のことでお互いを非難し咎め合う。
この映画ではシチリアの透明な海と白い砂浜のイメージは、冒頭では登場人物の明るさ(あるシーンでは、初恋や夏を謳歌する楽し気な描写も出てくる)の象徴となっているが、突如それは弔いと衝撃のイメージに変わってしまう。末っ子アントネッラの死は過去の出来事だ。しかしそれでもマカルーソ姉妹は人生に暗い影を落とし、それはまるで舞台となったシチリア州のように未来のことを考えることできず、過去以外は何もないという精神的な状態に陥る。かつて世界に対応するための唯一のピース「家族」という概念は、かくして姉妹の自由への障害となってしまうのだ。彼女たちがそれぞれ別の場所で暮らして家庭を作ろうとも、最終的にはパレルモのアパートに戻り、同じ理由で口論になってしまう。
「マカルーソ姉妹」を通じ、ダンテ監督はシチリアの伝統的な文化の隠されていた裏表を観客に伝えながら、過去に支配されないように、そして今生きていることに対して感謝するように、自分らしく生きることの重要性を説いている。