フィレンツェのネオビストロ「エッセンツィアーレ」と発酵ペアリング
2016年にオープンした「エッセンツィアーレ Essenziale」はフィレンツェでいちはやく当時流行りのネオビストロのスタイルをとりいれたレストランだ。ネオビストロとは価格はリーズナブル、スタッフもインテリアも、そして食材もカジュアルながら、料理は一流の技術でモダンかつガストノロミックにしあげてあるのが最大の特徴だ。シェフのシモーネ・チプリアーニは若手コンテンポラリー・シェフとしてTV番組でも活躍する人気シェフだが、現在の「エッセンツィアーレ」にはもうひとつ新しい魅力が加わった。それはサービスマン、ガブリエレ・ビアンキ Gabriele Bianchiによる実に個性的な「KOMBUCHA」のペアリングだ。
イタリアのファインダイニング界においても他国同様、さまざまな自家製発酵がブームだが「KOMBUCHA=コンブチャ」もかなり浸透しており、さまざまなコンブチャキットも発売されている。しかし日本では「コンブチャ」は一般的ではなく昆布茶と混同されることが多いのも事実。この場合のKOMBUCHAは現在欧米で一大ブームとなっている発酵ドリンクのこと。日本では70年代の「紅茶キノコ」という健康食品がブームになったことがあるが、現在のKOMBUCHAはこれに近い。その起源はモンゴルの伝統的飲料にあるといわれ、紅茶や緑茶に砂糖を加え菌を添付して発酵させてあるので個性豊かな酸が特徴。発酵が進むと炭酸ガスも発生して微発泡性になる。ガブリエレは「KOMBUCHA」をいち早く料理とのペアリングにとりいれ、初の著書「カチョ・ペペ・エ・コンブチャ Cacio, pepe, e Kombucha」も発表したほどの専門家。ガブリエレによる自家製のノンアルコール発酵ドリンクとシモーネの料理の相性とはどのようなものなのか?最新の料理とペアリングをいくつか紹介したい。
「ヒヨコ豆、ンドゥイヤ、トピナンブールのバッカラ・マンテカート」には最初のKOMBUCHAが登場。これはすでに1週間ほど経過しており、ヴィネガーのような刺激的な酸味。マロラティック発酵がまだ終わりきっていないリンゴ酸のようなニュアンスもあり、魚介料理ともあう。
「イカスミのリゾットとチェドロ・カンディート」は刻んだコウイカが入ったイカスミのリゾットで甘くて爽やかなチェドロの砂糖漬けがよいコントラストとなっている。これはブラッディメアリーを思わせる真っ赤な発酵トマトKOMBUCHA。発酵させてまだ3日目なので穏やかな酸とトマトの旨味がいいバランス。赤と黒というビジュアルも刺激的なペアリング。
「鳩のYAKITORIカッチャトーラ風モヒートサラダ」鳩の胸肉をYAKITORI風に仕上げたとのことだがこれはロストパプリカのピューレが使ってあり、どちらかというとカラブリアの猟師風=カッチャトーラ。ライム、フェンネル、ディルを使ったモヒートサラダも爽やかで口中をリフレッシュさせてくれる。これにあわせたのはKOMBUCHAではなくヴィンサント。以前からイタリア料理のペアリングおいて、もっとヴィンサントなどの甘口ワインを取り入れるべきだと考えていたのだがこれはいいコンビネーション。甘すぎず奥深い熟成香を放つヴィンサントは鳩とも好相性。
「パスタ・エ・ファジョーリ、抹茶、ブリジディーニ」パスタ・エ・ファジョーリとはショートパスタと白いんげん豆を組み合わせたイタリア各地にある伝統料理だが、シモーネは白いんげん豆をピューレ上にして、抹茶のパウダー、そしてアニスを使った薄いチャルダ、ブリジディーニをトッピング。ブリジディーニとはフィレンツェ西部モンテカティーニの名物で屋台とかでよく売られている。これを料理に使うという発想は今まで誰もなかったはず。
「アーティチョークのフリット ヘーゼルナッツ アボカド」これはローマの郷土料理「ユダヤ風アーティチョーク」のようにアーティチョークを開いて素揚げ。これにヘーゼルナッツとアボカドのクリーム。ペアリングはなんとバ・アルマニャックChateau de Lacquy Conte Gilles de Boisseson 12 ans、これがアーティチョークやヘーゼルナッツのほのか苦味と実によくあうのだが、アルコール度数も高いので飛ばしすぎると少々危険だ。
食後のエスプレッソを飲みながらガブリエレと話していると「いつか日本にいっていろんな発酵食品や調味料、食材を試してみたいと思っています」というではないか。ガブリエレによるイタリア発のKOMBUCHAと日本料理あるいはイタリア料理とのペアリングを試してみるのも実に面白い。自分好みの味を作り出せるという点において、カクテル同様KOMBUCHAにもシェフたちの関心は集まっている。日本でもより多くの店がKOMBUCHAペアリングに本格的に取り組み始めるのもそう遠くはないのではないだろうか。
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記事:池田匡克