1999年春の話。日本からの出張の方々をアテンドするバイトに誘われて、ローマからミラノへ向かった。当時のミラノは今ほど洗練されてなかったが、それでも、モードやデザインでイタリアを牽引する街。カオスなローマから来た僕には、イタリア感が薄く、優しいマイルドな感じがして、リラックスしていた。出張とはいうものの、どうみても旅行にしかみえない方々をお迎えし、夕食を食べ、皆さんをホテルまで送迎する。長時間フライトや時差、ワインで、皆さん大体フラフラというパターンだ。そしてもう一つ、なぜかよくあるパターンが、一番偉い人がまだ来てない、というパターン。当時は今よりもっとフライトが遅れがちだったし、欧州のどこかの街でのトランジットに失敗することもよくあった。その夜もそんな感じに、一番偉い人だけがまだミラノに着いていなかった。
仮にその一番偉い人を、田中さん(仮名)にしよう。我々スタッフはまだ空港にすら到着されていない田中さんのことが気がかりだった。しかし他の方々は、異国の地での、酔いも手伝ってすっかり気が大きくなってる。普段だったら、タクシーが見えなくなるまで頭を下げてお見送りしているような人も、「田中さんも、チェックインくらい自力でできるでしょ。子供じゃないんだから」なんて言い放ってる。田中さんの前で同じこと言えるのだろうか。今回の方々はデザイン関連の視察ということもあり、宿泊は当時話題のデザイン系ホテルをとっていた。ローマではみたことのないようなモダンなロビー、英語を喋るスタッフ、きらびやかなレセプションを見て、僕らも「これなら田中さん一人でも大丈夫だろう」と油断し、自分たちが泊まるもっと安いホテルへと移動した。
翌朝。ご一行さまをお迎えにホテルのロビーへと向かうと、皆さんがいらっしゃった。ようやく田中さんにお会いし、簡単な挨拶を交わす。「よく眠れましたか?」と聞くと、不穏な空気が。「子供じゃないんだから!」と言い放った人が一番シュンとしている。理由を聞いてみると、、
田中さんはミラノマルペンサ空港からホテルまでタクシーで来て、無事チェックインした。タクシー代もボラれてない。先着組はもうとっくに眠っている時間だ。長旅の疲れを癒そうと部屋に入った。しかしその部屋には、ん?!、ベッドがない。さすが、今話題のデザインホテルだ。ベッドはどこかに隠してあるのだろう。と思って部屋中探すものの、やっぱり見つからない。さては日本ブームの煽りを受けて布団で寝かせようということか、とクローゼットを開けるものの、押し入れじゃあるまいし、布団なんかない。フロントに不慣れな英語で「便器は二つあるのに、肝心のベッドが一つもないんだけど」と電話したものの、変な時間に、変な日本人が、変なことを言ってると思われスルーされる。
田中さんは長旅で疲れていた。シャワーを浴びながら色々と、可能性や文化の違いについて考えてみた。しかし納得がいかなかった。どうしてもベッドで寝たい。シャワーを浴びた後パジャマのままフロントに行き、部屋にベッドがない、と直談判した。見かねたホテルスタッフが、うるせえなぁ、という感じで渋々部屋までやってきた。そこで初めて、部屋にベッドがないことを認めたスタッフが言った一言が最高すぎた。
「Why??」(イタリア語のPerche?)
いやいや、それ、こっちのセリフだから!!!
教訓:イタリアのおしゃれホテルは、想像の斜め右を行くときがある。
自分のミスで想定外の事故が起きた時には、「なぜだ?!」と言い放って、鮮やかに責任転嫁をすることを僕はこのことから学んだ。
15年ぶりぐらいに家族で暮らしたミラノは、当時と随分変わった街に感じました。イタリアの街は大体あまり変化がないのだけど、ミラノだけは行くたびに何かしら新しくなっている気がします
志伯健太郎
クリエイティブディレクター。慶應SFC、イタリア・ローマ大学建築学科で建築デザインを学び、2000年電通入社後、クリエイティブ局配属。数々のCM を手がけたのち、2011年クリエイティブブティックGLIDER を設立。国内外で培ったクリエイティブ手法と多様なアプローチで、企業や社会の多様な課題に取り組む。 glider.co.jp