Storie di passione italianaイタリアに恋しちゃう物語

最新グルメ情報54オリーブオイルを多面的に味わう フラントイオ直営ビストロ「Olivia」

 

イタリアでは料理にオリーブオイルは欠かせないが、食材としてあらためて見つめ直す機会は少ない。スーパーの目玉商品として安売りされることが多いことからも、使用頻度が高い割に品質にこだわらない消費者が少なくないことは明らかだ。ワインに比べ、オリーブオイルの世界は20年は遅れているとも言われる。「量より質」が行き渡るにはまず生産者が変わらなければならない。そういう観点から、ワインに遅れをとったオリーブオイル業界も、近年は小規模生産者を中心に劇的な変化を遂げている。安売り商品とは異なるオリーブオイルの「どこがどう違うのか」を根気強く解く生産者が増えているのである。
その一つがトスカーナの生産者「Gonnelli 1585」、オイルのブランド名「Frantoio di Santa Téa」だ。トスカーナの特定の生産者が共通ブランドで販売するラウデミオにも参加しているので日本でも目にする機会は多い。生産者としての歴史はかなり古く、1585年にゴンネッリ家がフィレンツェのカルミネ修道会からサンタ・テア農園を購入したことに始まる。フィレンツェの南西30キロほどのところにあるこの農園には1426年に建てられた搾油所があり、当時から上質なオリーブオイルを製造することで知られ、ゴンネッリ家は430年以上トスカーナを代表するオリーブオイルメーカーの一つとして農園を守り、それだけでなく20世紀後半以降は先進的な技術を積極的に取り入れ飽くなき品質向上に取り組んでいる。

その端緒は1962年の遠心分離デカンターの導入だ。それまでオリーブオイルはオリーブの実をすりつぶしてディスクに広げ重石をかけて圧搾抽出するものだったのが、この機械は高速回転させたシリンダーの中でオイルを水分と固形物から分離させるという全く新しい技法に則っている。今ではほとんどのフラントイオ(搾油所)で採用されているが、世界で初めてこの機械を導入したのがサンタ・テアだ。さらにその後も、1985年に他に先駆けて継ぎ足し不可の注ぎ口を採用、2002年に搾油から瓶詰めまで製造工程での酸化を極力抑えるための窒素注入を導入、2007年にヨーロッパの搾油所として初めて製品一本一本のトレーサビリティを保証するISO認証を取得するなど数々の改革を行ってきた。

我々消費者にとってさらに興味深いのは、複数の品種をブレンドするのが当たり前だったのを単一品種(モノクルティヴァル)オイルとしたり、実が若いうちに搾油したもの(ヴェルディ)、熟成が進んでから搾油したもの(ネーレ)を分けてそれぞれの特徴を引き出したオイルを製品化するなど、フィレンツェ県内12箇所に所有するオリーブ畑のテロワールを生かしたオイル生産を進めてきたことだろう。48,000本のオリーブは気候や土壌、標高の異なる畑に育ち、その実はまた品種ごとに異なる性格を持つ。それらをダイレクトに味わうことができるよう、サンタ・テアでは「グラン・クリュ」「セレクション」「モノクルティヴァル」「クラシック」の4ライン15銘柄を製造している。生産者組合ではない単独で中規模クラスのメーカーがこれほどの種類を揃えているのは珍しい。
フィレンツェの食料品店でもサンタ・テアのオリーブオイルは見かけるが、せいぜい2〜3銘柄。そしてサンタ・テア農園の搾油所に併設するショップは車で30分と少々遠い。そこまで出かけることなくフラインナップから好みのオイルを見つけ出すことができるのが、フィレンツェのピッティ宮殿前にある直営店「Olivia」だ。ショップであり、サンタ・テアのオイルを使った料理を楽しめるビストロでもある。

元々は修道院の一部で、オリヴィアとなる前は美容院だったという店は、うっかり通り過ぎてしまいそうなほど間口が小さく、奥に長く続くいわゆるうなぎの寝床。しかし、トスカーナの田園地方の農家のイメージをベースにナチュラルな素材を使い柔らかな色調でまとめ、親密で居心地の良い空間に仕立てている。このショップ&ビストロの運営を担うセレーナ・ゴンネッリは気さくで飾らない人柄で、彼女が手がけたと聞いてなるほどとうなづける。それほど、店の雰囲気と似通っているのだ。

ビストロのメニューは、油脂を使うところは全てサンタ・テアのEVO(エクストラ・ヴァージン・オリーブオイル)、ただし、前菜の「オイルテイスティング・プレート」以外はEVOの個性をことさら押し出すことをせず、全体のバランスを大切に料理を組み立てている。つまり、青い草の香り、アーティチョークのような香りが特徴のトスカーナEVOの風味を存分に堪能できるものから、揚げ油にEVOを使ってさっくりとした食感を楽しめるフリット、油を使っていることを感じさせない繊細な味わいの皿まで、多面的で奥の深いオリーブオイル料理が揃っている。

「オイルテイスティング・プレート」は、ヨーグルトソース&アーモンド、黒トリュフ、アンチョビ&マヨネーズといった3種類のソースを添えた牛タルタルに、それぞれレッチーノ種、モライオーロ種、フラントイオ種をかけて味わう。レッチーノは3つの中では比較的軽く、微かにトマトやフレッシュアーモンドの香りがあり、モライオーロは青い香り、苦味そして余韻の辛味が明快、フラントイオは青い香りとアーティチョーク、未熟なオリーブ独特のフレッシュさが際立つ。ミニボトルから好きなだけ注いで味わい、残ったぶんはそのまま持ち帰ることができる。

パスタの「ガンベロ・ロッソ、ターメリッククリームのキタリーネ」は、生のエビをデリケートなEVO(レッチーノや熟した実のオリーヴェ・ネーレ)でマリネし、さらにターメリッククリームにも同じEVOを使用。生クリームのような動物性油脂とは違い、素材そのものの味わいや香りがくっきりと浮かびあがり、クリームの後味もさらりとしていて食べ疲れない。

デザートも全て油脂はEVOを使っている。今ではスタンダードになった感のあるEVOジェラートはもちろん、トスカーナの郷土菓子の一つ、カントゥッチにもEVOを加えている。本来は油脂を使わないカントゥッチはガリっとした歯ごたえがいかにも昔ながらのお菓子という感じだが、EVOによるほろほろとした儚い食感のカントゥッチは全く新しい次元のビスコッティで、保存食的な役割を放棄し、フレッシュさが命のモダンスタイルだ。

ユニークなのは、EVOを使ったカクテルだ。ジン・ソーダがベースでニンジンとオレンジが味わいの主役なのだが、ほんの少し加えられた塩とペペロンチーノが奥行きをもたらし、そして余韻に微かな青い風味と渋みが感じられる。EVOが使われているとは言われるまでわからないほどだが、さっぱりとした後口はおそらくEVOのおかげだろう。カクテルでは油脂はほとんど使われないが、ファットウォッシングという油脂の持つ風味を液体に移す手法がある。オリヴィアのこのカクテルはその手法を使わず、シンプルにシェイクしただけだ。時間が経てば分離するだろうが、普通に飲むぶんには問題ない。「田園をイメージした」という通り、爽やかで優しい甘みのリフレッシュメントにぴったりのカクテルだ。
一般にトスカーナでのオリーブオイルの使い方はサラダ、豆のスープ、ビステッカ・アラ・フィオレンティーナにかける、というのが普通でそれ以上踏み込むことはあまりない。しかしオリヴィアはそんなステレオタイプをやすやすと超え、オリーブオイルの持つ可能性を縦横無尽に広げる。そこに難しい料理テクニックは必要なく、家でも再現できそうなところがまた良い。今後、料理はもちろんカクテルもバリエーションを増やしていくという。フィレンツェでひと味違ったフード・エクスペリエンスを求めるならぜひ訪れたい店である。

Olivia Bistrot del Frantoio Santa Téa
Piazza de’ Pitti, 14r Firenze
https://www.gonnelli1585.it

 

 

記事:池田愛美