フィレンツェに“クルディスタ”のパスティッチェリア・カフェが誕生
Raw food(ローフード)なる言葉がイタリアでも聞かれるようになって久しい。ベジタリアンからビーガンへ、そして素材を非加熱(加熱しても極低温)調理して一皿に仕立てるローフードへと、健康や倫理に基づいた食事概念は少しずつだが着実に広まっている。また持続可能性や環境へのゼロインパクトを目指すSDGsに対する認識拡大も手伝い、食品もビオ(オーガニック)とそうでないものがある場合、ビオを選ぶと答える人が6割を超えるというリサーチ結果もある。フィレンツェは食に対してコンサバティブなイタリアでもとりわけ伝統に固執する街だが、それでもビオやビーガンを嗜好する人は増えているように感じる。そんな彼らが注目するのが、“クルディスタ”カフェ・パスティッチェリア「コルテーゼ・カフェ・ノヴェチェント」だ。
クルディスタ(crudista)とは、クルード(生の)をもじった造語で、ローフードを実践する人を意味する。このカフェ・パスティッチェリアを営むヴィート・コルテーゼはイタリアを代表するクルディスタだ。プーリア出身のヴィートは、16歳でレストラン業界に入り、皿洗いから始めてカメリエーレ、バリスタ、バールマン(バーテンダー)とキャリアを積み、その後自らのクレープリーを立ち上げて10年を過ごした。ところが体を壊し、健康を取り戻すために食生活を根本から見直さねばならなくなった。マクロビオティックからアーユルヴェーダまで、あらゆる自然食療法を研究し、そして最終的にローフードに行き着き、その世界に魅了されたのである。
ヴィートは、アメリカのローフード第一人者マシュー・ケニーの元に赴いてローフード料理について学ぶうちに、パスティッチェリアの分野で自らのやるべきことを見出した。小麦粉、精製糖、イースト、卵、牛乳を使わず、植物由来の素材、とりわけアーモンド、ヘーゼルナッツ、ピーナッツなどのナッツ類や、フレッシュフルーツを多用する。2014年、イタリアで初めてのローフード・パスティッチェリア・ジェラテリア・チョコラテリア「グレッゾGrezzo」ローマ店のシェフに就任。翌年にガンベロ・ロッソやイル・ゴロザリオなど食のメディアからその年最高のボッテーガ賞及びパスティッチェリア賞を受賞。その後ミラノ、トリノ(現在閉店)出店に携わり、さまざまなクルディスタ・レシピを開発して2018年に独立。ドバイ、ドーハなどの中東や、スイスのホテルチェーンでパスティッチェリア・クルディスタの運営に関わった。そして2021年、フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ広場に面した1400年代建造の病院「レオポルディーネ」内のミュージアム「Museo Novecento di Firenze(フィレンツェ20世紀美術館)」にカフェを立ち上げた。
同パラッツォは長年使われることなく放置されたままで、一部が旅行代理店として使われていたがそこも閉鎖。2014年に美術館となってようやく生まれ変わり、2018年にカフェを創設する計画が発表された。しかし2020年末まで工事は続き、今年夏のカフェオープンでようやく全面完成にこぎつけたのである。イタリアは古い建物をリノヴェーションし新しい生命を吹き込むのを得意とする。それまで建物が過ごしてきた歴史を生かし、違和感なくしかし同時に新しさをも表現するのだ。このカフェは旅行代理店時代の構造や内装を残した造りで、昔を知っている人には懐かしく、初めて訪れる人にも20世紀時代を感じることができる。そしてそこで、20世紀にはほぼ存在していなかったローフードのお菓子やジェラートが楽しめるという、重層的な意味を持つ場所なのである。
カフェの入り口はミュージアムとは別で、外からの出入りは自由、ただし看板はない。目印はロッジャに設けられたテラス席だ。カフェの内部はお菓子が並ぶショウケースとバールカウンターのある部屋、そしてテーブル席の部屋に分かれている。セルフサービスでお菓子やドリンクを受け取り、好きな席に着く。お菓子はトリュフチョコやジャンドゥイヤなどのチョコレート、クッキー、ケーキ、クリームやソース、クランブルなどを使ったグラス菓子など。見た目はこれが全てプラントベースのローフードとは思えない。そして味わいはどれもかなりしっかりと濃厚で味わい深く、テクスチャーもさまざまで飽きさせず、満足度は高い。たとえばザッハートルテは、一般的にはホールケーキを切り分けたものだが、ヴィートのそれはボールのような球形。アーモンドとココナッツの繊維(アーモンドミルクやココナッツミルクを絞った後に残るオカラ、とヴィートは呼ぶ)と生チョコでスポンジケーキを作り、アイリッシュ・モスと呼ばれる海藻、デーツ、メープルシロップと合わせてしっとりとやわらかくする。加熱せずに作ったアプリコットジャムを芯に、外側は生チョコとカシューナッツを合わせたグレーズでコーティング。スプーンを刺すと抵抗なくすっと切れる柔らかなザッハートルテで、なめらかな口当たり、そして食べた後に重さが残らない。伝統菓子とはまた違う新しい魅力を放つクルディスタのお菓子、フィレンツェを訪れたらぜひ味わってほしい。
Cortese Café Novecento
Piazza Santa Maria Novella, 12r Firenze
https://www.vitocortese.com
記事:池田愛美