Storie di passione italianaイタリアに恋しちゃう物語

フィレンツェを代表する老舗料理店「ダ・ブルデ」

もともとフィレンツェには悪漢的=ピカレスク的思考とも呼べる、やけに冷たくそっけないサービスのトラットリアが多く存在している。いまでは代替わりしてすっかり明るくなってしまったものの、昔の「ソスタンツァ」は超ベテラン・カメリエレたちが仕切る、それはそれは怖い店だった。1901年創業以来代々ゴーリ家が経営する「ダ・ブルデ」もかつてはそんな店だった。

初めて訪れたのはもう15年以上前だが、当時はジュリアーノ、ファブリツィオ、マリオといういずれも大柄なゴーリ三兄弟がまだ現役の頃で、当時既に禁煙法も施行されていたというのに、つねにくわえ葉巻姿。やおらテーブルにごんと拳をつき「さて、お前はなにが食いたい?」とド迫力でたずねてくるようヒリヒリする空気を漂わせていたのだ。時は流れて当時のジュリアーノ兄弟は引退。次の世代にあたるパオロとアンドレア兄弟へと引き継がれ、トスカーナ最優秀ソムリエにも輝いたことがあるアンドレアのセレクトでワインもかなり充実したトラットリアへと変貌した。しかし料理の本質は今も向かいも変わらず、徹頭徹尾トスカーナ料理である。

そもそも店名の「ダ・ブルデ」とはエミリア・ロマーニャの方言で「肉屋の店」という意味。これは創業者であるエジツィアーノ・バルドゥッチが彼の地の出身であり、やがてフィレンツェへと移り住んでジュリア・ゴーリと結婚。小さな食料品店を始めることになるのだが、その頃は親しみをこめてブルデ、ブルデと呼ばれていたのだ。その名残は今も店頭のバールコーナーにわずかながらも残っている。

「肉屋の店」だけに名物は肉料理、ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナを筆頭にペポーゾ、フェガテッリなどなど。ビステッカの研究が進み、現在は芯音を管理しながら焼くのが常識にようになっているが「ダ・ブルデ」は良くも悪くも昔のやりかたで、炭火で焼きっぱなし。昼時は回転が早いトラットリアにつき、肉を休ませることもないので、よくテレビで耳にする「肉汁がどばー」という表現よろしくナイフを入れると血が流れてくる。「血が滴るようなレア」というのは全く持って正しいビステッカの姿ではないのだが「ダ・ブルデ」に関してはそれもご愛嬌。

パスタは名物の「鶏が逃げた」という意味の野菜のラグー「ポッロ・スカッパート」や「カレッティエラ」があるが、昼に食べたスパゲッティ・カレッティエラは茹で置きプレコットだった。これはとにかく料理は早く出す、という昼時のトラットリアにあるスタイルで、それもイタリアの味のひとつ。一度は食べてみるべきだ。一方時間をかけて煮込んだ「ペポーゾ」や、事前に仕込んであるドルチェ「ズッパ・イングレーゼ」は、タクシーに乗ってでも食べに行く価値がある。

フィレンツェ郊外という場所柄、昼時は近所の勤め人がフル休みに食べに来るのでスピード重視、一方夜はアンドレアのサーブでワインをしっかり飲みつつ伝統料理を味わう、というスタイルが現在は確立。先代のピカレスク三兄弟が引退したあと雰囲気はかなりマイルドになったが、厨房始めそこかしこに見られる当時の悪漢主義的空気感はいまだ健在。ヒリヒリするような緊張感を料理ともに味わいたいという客が、今日も世界中から「ダ・ブルデ」にやってくるのだ。


Da Burde
Via Pistoiese,6r FIRENZE
Tel055-311329 www.vinodaburde.com

 

記事:池田匡克