Storie di passione italianaイタリアに恋しちゃう物語

溶岩から海へ、海からジンに。シチリア発アワビのジン登場

ここ最近のミクソロジーブームは、イタリアにクラフトスピリッツ&リキュールの旋風を巻き起こしている。特にジンとベルモットの勢いがすごい。ベルモットはイタリアに昔から存在する薬草酒の進化系だが、ジンはイギリス生まれ、イタリアでの製造は歴史が浅い。そして、蒸留システムを導入し、国の厳しいチェックを受けなければならないだけに参入ハードルは決して低くない。それでも、ジンの主要な香りを生み出すジュニパーベリーはイタリアの土地に古来自生している。柑橘その他の香料も、アルコールの原料となる穀物などもイタリアには豊富にある。メイド・イン・イタリーのジンを送り出す下地は揃っているわけだが、このほど、これまでになく個性的なジンがシチリアから届いた。アワビを使ったジンだ。

アワビ、イタリアではアバローネというが、その形からまたの名をオレッキア・ディ・マーレ(海の耳)、オレッキア・ディ・ヴェーネレ(ヴィーナスの耳)、さらにシチリアでは「雄牛の目」とも呼ばれる。しかし、イタリアは海に囲まれているとはいえ、地中海の温かい海でアワビはほとんど育たない。ごく限られた条件が整う地域でのみ採れるのだが、その1つがシチリア東岸のアチレアーレ付近だ。1329年に発生したエトナ山の噴火で大量の溶岩がアチレアーレの北部海岸にまで達したことがその理由だと考えられている。流れた溶岩は表面はすぐに冷えるが、中はまだ非常に高温のまま保たれている。この溶岩の表面を溶けた雪が流れ、海へと注ぐ。冷たく、そして溶岩のミネラルを含んだ水が、冷涼な環境を好む貝の住処を与えるのである。エトナの麓のアワビは日本のものに比べて長径8cmほどと小ぶりだが、旨味は強い。

「スピリット・オブ・アバローネ」、すなわちアワビのジンは、このエトナ山と海が育てた貝の身、イタリア産のジュニパーベリー、オーガニック農法で栽培したルッセッロ、トゥンミーナの二種類のシチリア原産古代小麦を原料としている。オリーブとブナの薪を燃料にして小さな銅製の蒸留器で蒸留し、ペロリターニ山の自然湧水を加える。出来上がったジンは、明るい黄金を帯びた麦わら色で、鼻を近づけるとふわっと潮の香りが漂う。口に含めばまず最初にアワビ独特のヨード香が感じられ、そのすぐ後にジュニパーベリーの鮮烈な香りが広がる。フレッシュな印象を保ちつつ、スパイシーな味わいが刺激的だ。そして最後に、アワビの旨味とミネラルの余韻がずっと続く。このジンの独特の持ち味をたっぷりと楽しむのであれば常温でストレートが一番いいが、マティーニ、ジントニックでも今まで味わったことのない感動をもたらしてくれる。もちろん、その時は使うベルモットもトニックウォーターも吟味が必要だが。

メーカーは2020年に立ち上がったばかりで、製造本数も700ml瓶で1000本と限られているが、すでにイタリアのフォーシーズンズ、ブルガリ、マンダリン・オリエンタルなどハイエンドユーザーに支持され、2020年ワールド50ベストバーズで25位にランクインしたミラノのシークレットバー「1930」でも「ようやく比類ないレベルのジンに出会えた」と賛嘆の評価を得たという。気になる価格は91ユーロ。かなり値が張るが、それだけの価値ある“比類なき”ジンだ。

 

記事:池田愛美