Storie di passione italianaイタリアに恋しちゃう物語

自給自足の気高きレストラン「ドラーダ」

Prosecco DOCの故郷トレヴィーゾから今度は北の山岳地帯へと向かう。コネリアーノ Coneglianoからヴィットリオ・ヴェネト Vittorio Venetoを抜け、ベッルーノ Bellunoの手前にあるサンタクローチェ湖 Lago di Santa Croceから標高690m、人口1900人の小村ピエーヴェ・ダルパーゴ Pieve d’Alpagoへとやってきた。観光名所があるわけでもないこの小村が日本人料理人の間で知られているのには理由がある。それは自給自足で名高い老舗レストラン「ドラーダ Dolada」があるからだ。

「ドラーダ」の存在を教えてくれたのは、弘前市にある「オステリア・ダ・サスィーノ」の笹森通彰シェフだった。笹森シェフと出会ったのは彼がまだシチリアで修行していた時だからもう15年以上前になるが、イタリア修行時代にもっとも影響を受けたのは「ドラーダ」だ、と何度も聞いていた。一昨年久しぶりに弘前を訪れて笹森シェフにインタビューした際も、チーズや生ハム、サラミ類などの食材を自分で作るようになったその原点は「ドラーダ」での体験にある、とあらためて語ってくれたのだ。縁とは不思議なもので、それまでなかなか訪れる機会がなかった街やレストランでも、ふとしたきっかけでチャンスが巡ってくることもある。今回の旅の途中、念願叶ってようやく「ドラーダ」を訪れるという僥倖に恵まれたのだ。

1923年にホテルを備えたリストランテ・アルベルゴとして創業した「ドラーダ」はまもなく100周年を迎える老舗で、代々デ・プラ家がオーナーを務めている。ベッルーノ・アルプスの食の伝統は代々父から息子へと伝えられ、先代の当主であるエンツォの時代には名店として大いに名を上げミシュランの星も獲得した。現在は息子のリッカルドがシェフとしてエンツォに代わって店を継いでいるが、父の代からの伝統である自家菜園とチーズ作りは今も続けているいる一方、厨房を離れた父エンツォは新たにバルサミコ作りのためにアチェタイアを開き、自家製ワインのためにブドウ畑も購入するなど、デ・プラ家はますます活発にこの地に根ざした活動を続けている。リッカルドはフランス、スペイン、日本、イギリスなどで経験を積んだ後生まれ故郷であるピエーヴェ・ダルパーゴに戻り、父が築いた伝統料理に加え、自らが外国で学んだ経験を生かした料理を作っている。

「ドラーダ」のテーブルに着いてメニューを開くと「Grande degustazione グランデ・デグスタツィオーネ」と「Menu dei Grandi Classici 偉大なるクラシック・メニュー」という2種類のデグスタツィオーネが真っ先に目に飛び込んでくるのだが前者が現代の「ドラーダ」つまり息子リッカルドの料理で後者は父エンツォが作り上げた偉大なるクラシック料理であることはいうまでもない。今回は父エンツォに経緯を表し「偉大なるクラシック・メニュー」プラス・アルファという構成で「ドラーダ」の世界を堪能することにした。

最初に登場したのはマグロのヴェントレスカ、つまり中トロ。軽く醤油とオリーブオイルでマリネしてあるような風味で、非常に活きがよく身が閉まっている。バジリコのシャーベットはわさびを連想させるがこれが口中さっぱりと爽やかにしてくれる。しかし素晴らしいのは脇役である何気ない野菜たちだ。レタス、ルーコラ、プレッツェーモロなど日常的な野菜なのだが、噛みしめるごとに音がして香りが立ち上る。素晴らしく香ばしくてみずみずしい。

第一の前菜は軽く薫香をつけた自家製のスモークサーモン。しかしプレゼンテーションは刺身の切り方そのもので、ドロミティ地方産最高級マルガ・バターとホースラディッシュとともに食べる。70年代の香りがするクラシックな料理。しかしここでも驚愕すべきは添えられた小さなサラダ。レタス、ルーコラ、ラディッキオなどなど一つ一つの野菜がこの上ないほど新鮮でみずみずしい。まとめて、ではなく一葉一葉味わいながら噛み締めたくなる、そんなサラダだった。

メニューに追加した料理。パン粉をつけて挙げた卵で、中はほとんどレア。これにオリーブオイル、エディブルフラワーで香りつけしたジャガイモのピューレとキャビアのトッピング。卵とキャビアとは黄金の組み合わせだが、そこに「ドラーダ」風のエッセンスが加えてある。

これもメニューを見えて思わず追加した野菜料理。全ての素材は「ドラーダ」の菜園で作られた野菜だ。モロッコインゲン「タッコレ」とビエトラを巻いたピアーダ、カボチャとビーツのニョッキ、そして白インゲン豆のピューレ。野菜のみだが十分に満足する一皿。

断面が正方形のトンナレッリは古代小麦を使った自家製。エンツォが作ったグアンチャーレ、と低温調理のポーチドエッグには黒胡椒をたっぷり、そして雪のごとく細かく削ったペコリーノがこれまたたっぷり添えられた分解カルボナーラ。テーブルに運ばれた後はスプーンとフォークで全てのエレメントをよくまぜ、自分でマンテカーレして食べる。父エンツォと息子リッカルドの二人三脚による、新しい形のカルボナーラ。

「ドラーダ」風のヴィテッロ・トンナートは冷製仔牛肉ではなく、ローストしてある。これはペッレグリーノ・アルトゥージの1853年のレシピだ。下にはたっぷりのトンナート・ソースとローストした肉汁。食べ応えがあり、非常に満足度が高い料理。

最後のドルチェもこれまたかなりボリューミーで、卵黄と砂糖、モスカートで作ったザバイオーネ・ソースをオーブン焼きしてスフレ状にしたもの。トッピングはいちごとバニラのジェラート。味の組み合わせはクラシック、温と冷のコントラストが非常に心地よかった。山奥といってもいい場所にある「ドラーダ」へのアクセスは容易ではないが、行けばかならず驚きに満ちた伝統料理プラスアルファが旅人を温かく迎えてくれることは間違いない。コロナが明けたらまた旅してみたい、「ドラーダ」はそう思わせてくれる貴重なレストランだ。


Hotel Ristorante Dolada
32010 Pieve d’Alpago (BL)
Via Dolada 21, loc. Plois
Tel. +39-0437-479141
www.dolada.it

 

記事:池田匡克