EVオリーブオイルが主役の料理本、トレンタゴッチェ
北から南までごく一部を除いてイタリア全土で作られているオリーブオイル。イタリア人の食卓になくてはならない食材だが、オリーブオイルそのものについての正しい知識を持っているイタリア人はほとんどいないとも言われている。あまりにも身近すぎて深く考えないのかもしれないが、オリーブオイルを題材とした書籍が非常に乏しく、そしてその書籍のほとんどが教科書のような内容で、よっぽど興味を持っている者にしか手に取りたいという欲求が生まれないのも原因だろう。そんな不毛地帯に種を蒔くかのように一冊の本が登場した。「トレンタゴッチェ」直訳すれば30滴というタイトルのそれは、トスカーナの自然に囲まれたレストラン「Al 588」のシェフ、アンドレア・ペリーニがEVO(エクストラ・ヴァージン・オリーブオイル)について語り、EVOを主役とした料理を公開する本である。単にオリーブオイルを使ったというだけでなく、品種ごとの特徴を生かし、どのように使うかを研究した成果を一挙に発表する、稀有な一冊だ。
同書の編集者であるマルコ・ジェメッリの前書きにもあるように、この本はいわゆるレシピブックとはやや趣が異なる。アンドレア・ペリーニの他に、15人のEVOに関わりを持つジャーナリスト、オイルテイスター、農学者、医者、搾油設備技術者、テイスティンググラスメーカーなどがそれぞれの立場からオリーブとオリーブオイルについてのコメントを語っている。そして、30滴ならぬ30品の料理レシピそれぞれに適したオイルを1銘柄紹介。さらにペアリングのためのワインも例として1銘柄ずつ。オリーブオイルはイタリア各地の単一品種あるいはブレンドを、ワインはトスカーナ産に絞っている。それは、アンドレア・ペリーニが、トスカーナに生まれる食材とワインを通してこの土地の伝統と魅力を感じてもらいたいと願うからであり、またこれらの食材とワインがさまざまな性格のEVOによってどのように昇華するのかを知ってほしいと願うからである。
ほとんどのシェフ、料理人にとって、オリーブオイルは、単なる調味料である。一つの素材というより、他の素材を引き立てるのがその役割だと思われている。しかし、アンドレア・ペリーニにとってはそうではない。このフィレンツェの料理人にとって、EVOこそ、料理を考える原点であり、イタリアの数多ある単一品種それぞれの個性をどう扱うかが、その鍵なのである。
Flos Olei(世界のオリーブオイルを評価するガイドブック)は、アンドレア・ペリーニを「料理とオリーブオイルの関係性に細心の注意を払いながらオリーブオイルを使いこなすことができる最高の料理人」として評し、Airo(インターナショナル・オリーブオイル・レストラン・アソシエーション)は、二年続けて「エクストラ・ヴァージン・オリーブオイルの価値を高めたシェフ」に選出した。
「世界各地を回るうちに、一般のレストランはもちろん、ファインダイニングでもエクストラ・ヴァージン・オリーブオイルがあまり重要視されていないと知った。イタリアが誇る優れた食材であるにもかかわらず、この国ですら健康に良いとは言えないバターが広く使われている。だから僕は、オリーブオイルについて詳細に研究し、正しい評価を下すことに力を入れ、この見落とされた小さな世界に一つのカルチャーを作り上げたいと思ったんだ」とアンドレア・ペリーニは語る。
レストラン「Al588」は、一年を通じて100銘柄ものオリーブオイルを揃えている。そして、オリーブオイルは常に非加熱で用いられる。それは、香りを存分に感じるためであり、一般的には未だ重要視されていないその持ち味を生かすためだ。
「品種によっては、時期によって性格が変わることがある。だから我々は、その変化に応じて、いつどの時期にどのオイルをリストに載せるかを見極めなければならない。例えば、ビアンコリッラやノチェッラーラは、一般的に香りは強いが、ポリフェノール(抗酸化作用がある成分)は少ないので、春には味わいが弱くなることが多い。対して、モライオーロやコラティーナといった品種は搾りたては非常に味わいが強く、繊細な味を覆い隠してしまうので、味のしっかりとした料理に向いている」。
「オリーブオイルをどんな食材と組み合わせるか、それに決まりはない。ただ、料理人個人のセンスは、方向性を指し示す羅針盤の役目を担っている。コントラストで遊ぶ人もいれば、調和を大事にする人もいるだろう。例えば、トマトに、トマトの強い香りを持つノチェッラーラを合わせて香りを強調するのもいい。あるいは私なら、モライオーロ、フラントイオ、レッチーノのブレンドで青い草の香りと苦味辛味のしっかりした味わいのオイルをかけて、トマトの甘さを際立たせつつ、トマト、オイルそれぞれの特徴を味わうのが好きだ」。
紹介されている料理では、単にオリーブオイルをかけたり、添えたりするだけの使い方はしない。料理の工程で必ず非加熱(あるいは低温調理)で用いる。他の素材とともに乳化させたり、大豆レシチンやカカオバターと組み合わせて“オイルバター”なるものに仕立てたりして、EVOを別の状態に変化させもする。ひらめきやイメージだけで即興したのではなく、時間をかけて何度も実験を重ねたことが明らかなレシピばかりだ。プロの料理人にはもちろんのこと、料理を愛好する者にとっても示唆に富んだ貴重なEVO研究本である。
「Trentagocce」Il Forchettiere刊 https://www.ilforchettiere.it
Ristorante al 588 https://www.ristoranteal588.com
記事:池田愛美