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トスカーナのテロワールを物語るスピリッツ&リキュール
I spiriti & liquori raccontano la terroir della Toscana

フィレンツェから車で1時間半ほど、森の合間に葡萄畑やオリーブ畑が点在する典型的なキャンティ・クラシコの景色の中を進む。目指すはガイオーレ・イン・キャンティにある新しい蒸溜所「ワインスティラリー」だ。その名が示す通り、ワインとディスティラリーの融合、つまり、ワインを蒸留してスピリッツやリキュールを手がけるメーカーである。
ワインを語るとき、必ずでてくる言葉といえばテロワールとミクロクリマ。土地特性とその土地に見られる気候特性のことである。ワインの造り手は、葡萄を栽培する土地の土壌と気候がもたらす恩恵を、いかにワインの中に表現するかに心を砕く。つまり、ワイン造りにおける最も基本的で重要な軸でもある。それを蒸留酒でも表現したいと生まれたのが「ワインスティラリー」である。

同蒸溜所の母体は、ワイナリー「キオッチョリ・アルタドンナ」、グレーヴェ・イン・キャンティとガイオーレ・イン・キャンティに農地を持ち、ワイン(とオリーブオイル)を手がけている家族経営のワイナリーだ。「ワインスティラリー」はこのワインを蒸留し、ジン、ウォッカ、リキュールを作るという、トスカーナはおろか、イタリアでも他に例を見ないスタイルの製造を行なっている。
責任者を勤めるのは、マスター・ディスティラーのエンリコ・キオッチョリ・アルタドンナ。アメリカを旅した時にウイスキー蒸溜の面白さに魅了され、蒸溜所での経験を積んだ。大学では法学を学び、弁護士としての人生を歩むはずだったが、蒸留酒づくりの夢を諦められず、エノロゴ(ワインメーカー)である父親を説得して、自前の蒸溜所を設立したのだ。

ジンは複数のボタニカルの香味が特徴の蒸留酒だが、香りの中心となるのが名前の由来ともなったジュニパーベリー(ねずの実)。トスカーナはジュニパーベリーの特産地であり、イギリスの大手ジンメーカーもトスカーナのジュニパーベリーを使っているという。またジュニパーベリーには、殺菌、消化促進などの効能があるとされ、9世紀のサレルノ医学研究所でジュニパーベリーを使って蒸留した薬を作っていた記録が残っており、イタリアではこれがジンの始まりとも言われている。
一般にジンはベーススピリッツを購入し、各地からボタニカルを集めて仕込むことが多い。だから、トスカーナの「ワインスティラリー」が、自らの土地=テロワールとミクロクリマを表現するにあたり、自社ワインを蒸留し、そしてトスカーナのジュニパーベリーをはじめとするさまざまな地元産ボタニカルをジンで表現するという発想は非常にユニークである。ただ、それを実際に高いクオリティで実現することは簡単なことではない。いかに上質なベーススピリッツを蒸留するか、そしてどのボタニカルをどのような配合で抽出するか、実に細やかな神経を要する作業の連続であり、しかもその結果は傑出したものでなければ意味がないのである。

実際に、フラッグシップである「ロンドン・ドライ・ジン」を味わってみよう。ジュニパーベリー、コリアンダーシード、アンジェリカ・ルート、イリス・ルート、オレンジピール、シナモンなど13種類のボタニカルを使用している。一般的にジンに使うベーススピリッツは穀物やトウモロコシなどを原料としたニュートラルスピリッツだが、マスター・ディスティラーであるエンリコによると、ニュートラルといってもやはり出自の性格は消えない。「ワインスティラリー」のベーススピリッツにはワイン由来の香りが微かに感じられ、そしてジュニパーベリー、コリアンダー、深い森を思わせる香り、柑橘の皮の香りなどが複雑に混ざり合い、「トスカーナの丘を散歩している」記憶を呼び起こすのだという。

もう一つ、「ワインスティラリー」のリキュールで人気があるのは、「タスカン・ベルモット」。ベルモットといえばトリノ生まれだが、その名前がつけられたというだけのことであり、ワインベースのリキュールはその当時のトスカーナでも造られていた。1773年に医師が記したトスカーナのワイン醸造に関する文書や、1736年発行のタウリネンシスTaurinensis調剤術にも、胃腸薬の効能があるとしてニガヨモギを浸漬したワインが紹介されている。「タスカン・ベルモット」は、そんなトスカーナの“ベルモット”の歴史を語るべく誕生したという。サンジョヴェーゼのワインをベースにクラシックなトスカーナのベルモットのスタイルを踏襲し、カラメルなどを一切使わずにワイン特有の紫を帯びた濃いルビー色を引き出している。スミレを思わせるフローラルな香りと赤いベリーの香り、そこにローズマリーとニガヨモギのスパイシーな香りが結びつき、華やぎの中に妖艶を醸し出す。そして果実の豊かな甘味と、その後にニガヨモギ特有のかすかな苦味の余韻が続く。ソーダで割ってもいいが、そのままメディテーションリキュールとしても楽しめる。

このほかに、柔らかな琥珀色で蜂蜜のような微かな甘味とナツメグの香りが印象的な「オールド・トム・ジン」、シルクのような滑らかさの中にワイン由来のミネラルの余韻が残るウォッカの「タスカン・ヴォドカ」、さらにアルコール度数70%ながら複雑な香りと味わいで圧倒されるロンドン・ドライ・ジンの「コッパ・ストレングス」(これで作ったジントニックは究極の美味しさという)、留液にサンジョヴェーゼの絞り滓を浸漬したジン・リキュール「スロー」がある。さらにまもなく、ビターも発売するという。設立から4年という若き蒸溜所が発信するトスカーナのスピリッツ&リキュールは、トスカーナの豊かさを物語る新しいアンバサダーとしてこれからも活動の場を広げそうだ。

ワインスティラリー
Winestillery
https://www.winestillery.it/

記事:池田愛美