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3つ星シェフ、ニーダーコフラーの大著
Cook The Mountain

ドロミティ山中、サンカシアーノにある「サント・ウベルトゥス St.Hubertus」シェフ、ノルベルト・ニーダーコフラー Norberto Niederkoflerは地元に根ざした山の料理を標榜する料理人だ。現在58才のニーダーコフラーは、外国のレストランや「ダル・ペスカトーレ」などでの経験を経たのち生まれ故郷のドロミティに戻り、1996年「サント・ウベルトゥス」のシェフに就任。ドロミティの食材しか使わないというクチーナ・ミクロ・テリトリアーレ=極小地域料理の先駆者であり、2018年にはミシュラン3つ星に輝いた。また、2021年度版ミシュランより採用されたサステイナブル・レストランへの評価「Stella verde=緑の星」を獲得したことも記憶に新しい。そのニーダーコフラーの大著「クック・ザ・マウンテン Cook The Mountain」が昨秋発売されたので早速取り寄せてみた。

手元に届いたのは38 x 33cmという超大判で重量はなんと4kg超。ドロミティの美しい自然とニーダーコフラーの料理、山に暮らす人々のポートレートなどからなる写真集と、80のレシピをおさめたレシピ集という2冊セットは、実に頑丈な化粧箱に収められていたのだ。「クック・ザ・マウンテン」というタイトルにピンときた人は、おそらく実際に「サント・ウベルトゥス」に足を運んだことがある人だろう。というのも「サント・ウベルトゥス」のメニューにはこう書かれているからだ。「Viaggio verso Identità Cook the mountain アイデンティティへの旅 クック・ザ・マウンテン=山を料理する」

サンカッシアーノは標高1537mという高地にあり、ヴェネト側ならコルティーナ・ダンペッツォ、アルト・アディジェ側ならばボルツァーノ、あるいはブレッサノーネから車でのアクセスが必要になる。高原の花が咲き乱れる夏は山岳リゾートとして、一方雪に埋もれる冬にはスキー客で賑わう。アルタ・バディアと呼ばれるこの地域は希少言語ラディン語を話す人々が暮らす秘境だ。こうした地域特性を発展させたガストロノミーはフード・エクスペリエンス=食の体験という言葉と置き換えられ、世界の美食家たちが憧れる約束の地でもある。ニーダーコフラーは地元でとれる季節の食材のみを使用し、それまで日が当たらなかった食材や農産物への再評価、あるいは食品廃棄を最小限に抑えることなど自然と共生し、山に暮らすには必要不可欠な行動と選択をガストロノミーレベルへと昇華させたものだ。

例えばTartare di Coregone2016は、ヨーロッパの高地に生息する淡水魚コリゴーネ=ホワイトフィッシュのタルタル。これは山岳地帯でしか体験することができない味。Insalata di erbe di montagna2010はまさにドロミティの自然を味わうインサラータ。近年ガストロノミーの世界ではさまざまなマイクロハーブやエディブルフラワーを多用したインサラータ=サラダが人気だが、ニーダーコフラーのインサラータは夏のドロミティでしか出会えない希少な味と香りに満ちている。

Anguilla & Camomilla2017は地元でとれたウナギをドロミティに自生するカモミールのインフュージンとともに食べるはかなくもかぐわしい料理。こうした山の香りを食卓へと届けることはニーダーコフラーが最重要視していることであり「クック・ザ・マウンテン」にはこう書かれている。「Quando riesco a far sentire alle persone il profumo ed il sapore familiari della mia terra, sono semplicemente felice. 慣れ親しんだこの地の香りと味を感じていただけたなら、わたしは幸せです」都会の料理に飽きた時、新しいインスピレーションを得たい時、そしていまはかなわないが旅に出たい時、「クック・ザ・マウンテン」を少しづつ眺めているだけで旅と料理に対する新たな感情が湧き上がってくるのを抑えられなくなるはずだ。ドイツ語版は「2020年度ドイツ料理本アワード金賞」受賞。

判型:イタリア語 オールカラー560P 4.11kg 33.3 x 8.1 x 38 cm ハードカバー 2020年10月12日発売(Suedwest Verlag刊)

記事:池田匡克