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トスカーナ生まれのアートなジン「ジンアルテ」

フィレンツェを代表するファッション・デザイナー、ロベルト・カヴァッリはファッション同様ワインと食を馬を愛し、トスカーナの田園地帯に暮らすことを好んだ趣味人だった。彼が馬を育て、ワインを作るために購入したワイナリーは現在息子であるトッマーゾ・カヴァッリが管理、運営しキャンティ・クラッシコを中心としたワイン作りに精を出しているが、近年リリースしたのがアーティステッィクなジン「ジンアルテ」だ。

フィレンツェから国道222号線、いわゆるキャンティ街道を南下すること約30分。キャンティ・クラッシコ・エリアでは「黄金の盆地=コンカ・ドーロ」と呼ばれるパンツァーノ・イン・キャンティの一角に「テヌータ・デッリ・デイ Tenuta degli Dei」はある。これは日本語にするなら「神々の農園」となるが、それはフィレンツェを代表するかのファッショ ン・デザイナー、ロベルト・カヴァッリに由来する。彼は1970年代にこの農園を購入。以 前からカヴァッリ Cavalli=馬という名字ゆえか馬に対する愛着が非常に強く、ファッション・ビジネス同様の情熱を注いで馬を飼育、競走馬として販売するビジネスを始めたのだった。

当時ロベルト・カヴァッリから片時も離れることなく常に寄り添っていたのがジャーマン・ シェパードの「ディドーネ・デッリ・デイ」。ロベルトも愛情をこめて「ルーポ Lupo= 狼」と呼んで愛したのだが、ディドーネがこの世を去ると生前の面影を偲び、この農園に愛犬の名前をつけたのだった。現在はロベルトの息子トンマーゾ・カヴァッリ Tommaso Cavalliが「テヌータ・デッリ・デイ」を受け継いでいるが馬への愛情は父親譲り。若い頃か ら父ロベルトともに馬を飼育し、ワイン作りの現場に携わって来たトンマーゾはファッショ ンの世界ではなく田舎暮らしを選び、24時間全てを馬とワイン、そしてアートに注いでい る。美しい自然の中でストレスフリーで育てられた馬は1才半を迎えると売りに出され、やがて多くのファンが見守る中華々しく競走馬としてデビューする。一体何十頭、何百頭の競 走馬がこの「テヌータ・デッリ・デイ」に生まれ育ち、世界へと旅立っていったのだろう。

ワイン作りにおいては有名醸造家ルカ・ダットーマを招聘し、トスカーナの代表品種サン ジョヴェーゼだけでなくカベルネ・ソーヴィニヨンやメルローといった品種も栽培。いずれもハイクオリティな3種類の赤ワインを製造している。しかしマッテオが近年最も力を入れ、製作に力を注いでいる最新作がトスカーナ産のボタニカル(植物)を使用したアーティ スティックなドライ・ジン「ジンアルテ Ginarte」だ。

トンマーゾが目指したのはトスカーナのテロワールだけでなく文化や歴史も反映したジン作り。アーティスティックな才能もまた父親譲りのマッテオはルネサンスの芸術家たちが絵具として使用した13種類のボタニカル(植物)をジン作りに採用している。「ジンアルテ」の原材料であるネピテンサ=Nepitella、ベニバナ=Cartamoといったトスカーナに自生する植物は、バルジェッロ美術館に多数収められているロッビア工房 Robbiaの彩色テラコッタの原材料でもある。また、パッケージングには画家や写真家、デザイナー、ストリート・ アーティストらを起用し、ボトルを白いキャンバスに見立てて自由に創作する機会も与えている。昨年からはメキシコ政府の協力により、フリーダ・カーロをデザイン・モチーフにした限定版を発表。これはフリーダ・カーロが生前に追求した多様性、創造性、象徴性といっ た現代にも通じる概念を通じ、ジンを媒介にアートの世界を旅するという画期的なプロジェクトなのだ。

アートに囲まれた「テヌータ・デッリ・デイ」でトンマーゾとともに「ジンアルテ」を味わう。爽やかな中に甘さも漂うジュニパーベリー=ネズの実特有の香りだけでなく、セージやローリエなどいわゆる地中海性灌木=Macchia mediterraneaの香りがあちこちに隠れている。実に華やかなジンなのだが、トンマーゾが目指したのは華やかさが前面に出るのではなく、あくまでも辛口でキレのあるドライなジン。ミシェラツィオーネ Miscelazione=カク テルとしての汎用性を重視し、アーティスックなジンの世界を広く楽しんでほしいという。 近年イタリア、特にトスカーナではミクソロジー・ブームの高まりもありジンの生産が非常に盛んだが、それはトスカーナのジェニパーベリーが非常に高品質で、世界のジン・メーカーに珍重されていることにイタリア人自身も気づいたからだ。続々と登場するメイド・イ ン・イタリーのジンは日本にも徐々に登場しつつあるが、次はトンマーゾ・カヴァッリが作る「ジンアルテ」に注目したい。

https://www.ginarte.it/

記事:池田匡克