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ピッツァの進化が止まらない。最新ピッツァ事情
Movimenti della Pizza Contemporanea

ピッツァといえばナポリピッツァ。2010年にEUが定めるSTG(伝統的特産品保護)に認証され、2017年にユネスコの無形文化遺産に「ナポリピッツァ職人芸術」として登録されたことからも、ナポリ式ピッツァがイタリアのピッツァを代表するものであることに間違いはない。
しかし、イタリアにはナポリピッツァしかないわけではない。昔からそれぞれの土地で好まれてきたピッツァというものがあり、よく知られているところでは「ローマ風ピッツァ」(一般に、生地が極薄だとされる)や、南イタリア・バーリ風と呼ばれる分厚いパン生地のようなピッツァ、そのほかにも天板に生地を伸ばして焼き上げる「ピッツァ・アル・タッリオ」(切り売りピッツァ)などは全国どこにでもある。

これらはどれも“伝統的”と言われるピッツァであり、それに対して、“現代的”と呼ばれるピッツァも存在する。登場したのは90年代後半から2000年代初頭にかけて、ヴェネト州ヴェローナ近郊というのが定説だ。ピッツェリアを営む実家から独立したシモーネ・パドアンが「イ・ティッリ」という自らのレストランで、グルメ・ピッツァと呼ばれるメニューを提供したり、また、伝統的なナポリピッツァとともにさまざまな異なる発酵生地を使った実験的なピッツァで評判になったレナート・ボスコの「サポレ」など、ナポリから遠く離れた北でムーブメントが起きたのである。
では現代的ピッツァとは何かというと、
1 生地にこだわる
2 トッピングが伝統に縛られない
3 形状も自由
の3点が特徴で、1は、それまではピッツァ専用の粉を使うのが一般的だったが、それ以外の粉を試して目的にかなった粉を選び、ビール酵母以外の発酵種を使用したり、発酵時間を長くするといった工夫を凝らし、より軽く、消化の良い生地にする。2は、トッピングをただそのまま載せて焼くというのではなく、素材をあらかじめ調理し、焼きあがった生地に載せるのが基本。調理も低温調理など最新技術を取り入れ、テクスチャーの変化や素材の組み合わせの妙を楽しんでもらうことを目指す。3は円形に焼き上げた生地を一切れずつ切り分けたり、小さく丸く作ったりして、ワンポーションで楽しめるようにする。
今ではこのような現代的なピッツァを、ピッツァ・コンテンポラリーとかピッツァ・デグスタツィオーネと呼ぶようになっている。そして、この現代的ピッツァが伝統のナポリピッツァ界にも刺激をもたらし、スタイルとしてはあくまでも伝統を守りつつ、生地の配合や発酵に工夫を凝らしたり、トッピング素材を上質なものにしたり、よりヘルシーで満足度も高いピッツァを提供する店や職人がナポリほか各地で増えてきている。

フィレンツェは長らく、ナポリピッツァ一辺倒だったが、このほど本格的な現代的ピッツァの店「ラルゴノーヴェ」がオープンした。自らをリエヴィティスタ(発酵を操る者)と称するガブリエレ・ダーニが厨房で指揮をとり、ピッツァキッチンとそのほかの料理キッチンがそれぞれ独立している。ピッツァキッチンは全面ガラス張りで、客席からは伝統的なナポリピッツァの窯と最新の電気オーブンの間で仕事をする料理人たちの姿が見える、劇場型のピッツァレストランだ。

メニューは、「不滅の本物」と名付けられたナポリピッツァの項と「グルメ」と名付けられた項の二つに分かれており、「グルメ」の説明には「スチームで焼き上げた生地を6つに切り分け、一つずつトッピングを施したピッツァ」とある。このスチーム焼きというのは、過熱した高温の水蒸気で焼く方式(過熱水蒸気式)で、粉と水が同量という高加水率の生地をこの方法で焼き上げることにより、ごく軽く、しかも消化の良い生地を作り出す。さらに高温で乾燥焼きさせているので、表面はカリッと、中はさっくりふんわりという食感が生まれる。

従来のナポリピッツァはもっちりとした弾力があるのが特徴で、その噛み応えが満足感となっていたが、腹持ちよりも消化の良さを好み、余分な糖質や油脂の摂取量を抑えたいという現代人にはやや持て余し気味。しかし、このスチーム焼きのピッツァであればそれらの問題を解決するだけでなく、調理された具材の斬新な組み合わせや味わいが、ピッツァの持つカジュアルなイメージを塗り替え、ファインダイニングにも近い印象をもたらす。何よりも一切れずつ色々な味を楽しめるというデグスタツィオーネは、これまでのピッツァにはない概念だ。

「ラルゴノーヴェ」ではもう一つ、新しいスタイルを打ち出している。ピッツァと共に最新のミクソロジーも味わえるバーを設えたのだ。ピッツァのムーブメントよりもさらに後発だが、昨今のイタリアのミクソロジー界の動きは目覚しい。若く才能のあるバーテンダーがオリジナルのカクテルを次々と生み出し、コロナ禍にも関わらずミクソロジーバーが増加している。「ラルゴノーヴェ」で腕をふるうのは、フィレンツェでも随一と評判の女性バーテンダーで、繊細かつエッジの効いたカクテルを作り出す。ミクソロジーバーとしてアペリティーヴォだけを楽しんだり、そのあとテーブル席に移ってピッツァや料理を味わうこともできる。気分やシチュエーションに応じて使い分けができるところも、従来のピッツェリアにはないスタイルだ。
ミラノやローマといった大都市だけでなく地方でもピッツァ・ムーブメントは活発で、これからもピッツァとピッツァを取り巻く世界は変化を続けていくだろう。次はどんな動きが出てくるのか、当分目が離せない。

LARGONOVE
Via Largo Pietro Annigoni, 9 Firenze
Tel.055-245829 https://largo9.it

記事:池田愛美