普段着のイタリア流おしゃれを実感 
映画『靴ひものロンド』に見るイタリアファッション

 

イタリア映画『靴ひものロンド』は夫と妻、娘と息子の4人家族が織り成す物語です。年齢や性別が異なる4人の人生を長い期間にわたって描くだけに、登場するファッションも様々。イタリア流の「自然体」おしゃれは、登場人物のキャラクターや立場を物語る「せりふのない出演者」です。今回は場面写真を通して、デイリー感覚の着こなしを読み解いていきます。

舞台は1980年初頭のナポリ。夫で父親のアルド、妻・母親のヴァンダ、娘アンナ、弟サンドロという4人家族は平穏に暮らしていましたが、アルドが若い女性との浮気に走ったことから、関係が揺らぎ始めます。いったんは家を出た身勝手なアルド。子ども2人を抱えたヴァンダは気丈に家を守っていきます。壊れてしまった家族関係は、ある日、些細なきっかけから、再びまとまりを取り戻し始め――。

複雑な気持ちの変化を描くファミリーストーリーです。家族に寄り添うのは、イタリアのライフスタイルを物語る服や靴などのファッション。庶民の普段着が大半ですが、イタリアのものづくり文化や美意識が随所にうかがえます。

親子4人のお出掛け風の装いですが、よく見ると、ムードもアイテムもばらばら。ストーリーの軸になっている、家族同士の「不ぞろい感」を衣装の面でも印象づけています。

妻・母親のヴァンダはワンピースの上からマントを重ねて、全身をくるみました。ロングブーツとレザーのバッグで、イタリアらしい素材感を帯びさせています。
娘のアンナは、マントの小型版とも映るポンチョを羽織って、愛くるしい風情。レースやドレープをたっぷり配したスカートもラブリーな雰囲気です。
一方、夫・父親のアルドは、白シャツにジャケットという、やや堅い出で立ち。でも、ニットのベスト(ジレ)がソフトな印象を添えています。
息子のサンドロは何だか道化師ライクなパンツ・セットアップ。幼いキャラクターにぴったりです。まだまとまりを保っていた一家はこの後、混乱の度合いを深めていきます。
普段の気取らない装いをたくさん見られるのは、この映画の魅力にもなっています。たとえば、こちらはアルドがストライプ柄シャツにニットベストをオン。ちっとも着飾ってはいないけれど、丁寧な感じの着こなしです。ニットの編み地に手仕事感がうかがえます。
ヴァンダが着ているのは、細いボーダー柄のニットトップス。半袖で軽やかなタイプです。色や太さの異なる横縞がリズミカルな着映えに見せています。夫は縦縞、妻は横縞というゆるいリンクコーディネートが2人の関係性も示すかのようです。
映画の中盤以降では、夫の愛人が登場して、家族の絆が揺らいでいきます。写真右の妻・ヴァンダはクラシカルなブラウス姿。袖に表情を持たせる「袖コンシャス」のディテールが目を惹きます。ペイズリー柄のスカートも落ち着いた風情。どちらもレザーのベルトとロングブーツに、イタリアらしさが薫ります。
一方、写真左の愛人はモダンで挑発的なおしゃれが好きなよう。赤のトップスは肩から二の腕にかけて、スリットが入り、素肌を見せて。パンツも赤系のチェック柄をチョイス。情熱的なカラートーンで、キャラクターを引き出しています。パンツの裾はブーツインして、アクティブな雰囲気を強めています。
夏のスタイリングに役立ちそうな装いも登場します。子育て中のヴァンダは、肩口にフリルをあしらったワンピースを部屋着として着ています。真っ赤な地色に、細かい柄を散らしてあり、「大人かわいい」系のムードを帯びました。
向き合っている夫・アルドはストライプ柄の半袖シャツ姿。日本で定着した「クールビズ」では半袖ルックが多くなりましたが、このように地色やストライプ柄を取り入れれば、物足りなく見えるのを防げそうです。
映画タイトルを象徴する場面です。親子が一緒に靴ひもを結んでいますが、履いている靴はそれぞれに異なります。
父のアルドはレザーのクラシックな紳士靴。皮革加工技術に定評のあるイタリアならではの上質感が漂います。暑い時期には服が薄くライトになりますが、靴だけは正統派の本格的なタイプを選ぶと、手抜きに見えません。
弟が履こうとしているのは、アウトドア系のショートブーツ。明るいイエローがデニムパンツにマッチして、いっそうアクティブな雰囲気に。同じくデニムウエアの上下でまとめた姉はアメリカンな顔つきのキャンバススニーカーをチョイス。マフラーの赤が格好の差し色効果を発揮しています。
イタリアのあちこちで見かけるのが、年齢を重ねてなお、上手におしゃれを楽しんでいる老夫婦です。自分の好みや、似合う服装がしっかり分かっているから、こなれた着こなしに仕上がっています。
夫婦間のトラブルを乗り越えてきたヴァンダとアルド。シニアに至っても、2人とも自分らしい装いを選んでいます。
ヴァンダはアート風のビッグモチーフで彩ったサマードレスで身を包みました。海辺の時間にふさわしい、ゆったりシルエットのくつろぎウエアです。アルドのほうは見るからに上質な白シャツをのどかにウエストアウト。ボトムスはシアサッカー風のストライプ柄パンツ。マリン気分を帯びたネイビー×ホワイトの色調がビーチになじんでいます。手に持ったストローハットも小粋です。
映画のあちこちで感じ取れるのは、イタリアらしいポジティブで気負わないおしゃれの楽しさ。値段はそれほど高くなくても、丁寧に仕上げられた服や靴が持つ風合いや質感も登場人物のキャラクターに奥行きを与えています。
それぞれのアイテムに見られるデザインセンス、配色などもイタリア映画ならではの彩りを作品にまとわせていました。彼らのように等身大のおしゃれを選ぶライフスタイルは、サステナビリティーやSDGsの面からもソーシャルグッドな選択と言えそうです。
映画『靴ひものロンド』
https://kutsuhimonorondo.jp/
202299日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか 全国順次ロードショー (c)Photo Gianni Fiorito/Design Benjamin Seznec /TROIKA c2020 IBC Movie
ファッションジャーナリスト 宮田理江

FASHION BIBLE       INSTAGRAM